開業までの日々

借入秘話

「新規開業資金」を借り入れるのは、開業する上で必須だった。

にもかかわらず、その査定がかなりギリギリの線だったということを後に聞いて、私は冷や汗が出た。物件も借り入れて、機械なども購入して、工事も進めようとしている段階まで来て、資金を借りれないということに万が一なっていたら一体どうしていたんだろう?? 

この手の審査には色々なコツがあるらしく、最初に夫が頼ったコンサルタントのアドバイスに従っていたら審査の段階でおかしな面を指摘されたりして、結局自分でいろいろと調べ上げて大変な思いをしていたように思う。(私は2子の育児&妊婦だったので夫を助ける程の余裕は持ち合わせていなかったので本当に孤独の戦いだったのだろう)

用意した事業計画のフォーマットが提出期限前日にダメだと言われ、徹夜で自力で呻きながら書きあげたこともあった。

ノウハウというのも、ピンポイントに色々違うんだなと勉強になったことだった。ある種の開業資金支援金団体の申し込み法に詳しかったとしても、別の団体によるものだと全く手法が違ったため、上記のトラブルが起こったらしい。まあ、開業前にもいろいろと勉強になったものである。

「開業前はいろんな人が周りに集まって来て色々言うけど、結局最後の責任は自分に降りかかって来るんだね。」

夫はつぶやいたのだった。

その時々で、力になってくれる人を自分で見極めなければならない、ということらしい。

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人を雇うということ

傍らで見ていて、人を雇うということは、とっても難しいものなんだなと分かった。

必ずしも探している人材がポコっとナイスタイミングで来てくれるわけではないし、ずっと探していてもだーーれも来ない事もあり、来てくれたと思ったらすぐに辞められてしまったり、かと思えば、意外と秘めた所から力を発揮してくれるスタッフに恵まれたり。

人間相手だけに読めないことが多い。

私はずっと企業に雇用されているタイプの人間だった為、「経営者」ぶる夫が不思議だった。経営者特有の悩みが多くあるんだな、と。

今やっと、いい仲間で落ち着いて院長は満足している様だ。開業当初から本当にいろいろありました。。。

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資金借り入れ・開業準備

独立する人を支援する為に、資金を貸してくれる制度が川崎市にもある。(私はずっと子育て&仕事&自分の妊娠のことで一杯一杯だったので、その制度が何と言う名前なのかも覚えていない)

私はそういうことに全く知識がなかったが、夫はせっせと色々調べ上げていた。寝る間も惜しんで没頭する、とはこのことだと思った。既に開業した先輩や知人に話しを聞きに行ったり、長電話で話を伺ったり相談に乗ってもらったり、色々な人のお世話になった。

そして、借入先の有力な候補として2つの制度が浮かび上がり、知人のコンサルタントの方や、職場の先輩などにも色々と相談をして、そのうちの1つに絞って申請することとなった。申請書類を書き上げ、必要書類を集めたり、親に保証人になってくれと依頼しに行ったり、と同時にテナント賃貸契約も漕ぎつけ、リフォームしてくれる業者との打合せや見積もり依頼やら、毎日あちこち走りまわっていたように思う。

現在の稼ぎが少なくとも、借金があろうとも、素晴らしい成功プランを企てて面接で説得出来れば借りられるとのこと。そんなことが出来るなんて、私は初めて知った。でもやっぱり色々とあって、何しろ初めての経験で手探りの中の作業だったので苦労も多かったが、夫はそんなスリルを楽しんでいるようにすら見えた。

危なっかしくて私は片目でちらちら見る感覚だったけど、ギリセーフで面接も通り、資金を借りられることになった。最重要ポイントをクリアし、夫は大喜びだった。

夫は企業に雇われたり、誰かに縛られて働くのは向いていないタイプだとはっきり言える。だから、危険やリスクを冒しても自由を求めるのだと思う。 反対に私は、ずっと企業に雇われてきたタイプ、しかも出世せず万年平社員でいたい地味なタイプ、安定を好む。夫を見ていると、自分ではできない(絶対しない)事をズンズンと推し進めていくので、ハラハラドキドキする。

万一失敗したらどうするの?家族が路頭に迷ったら・・・ って聞いたことがあった。そうしたら、「そんなこと考えてる余裕は微塵も無いんだよ!!ただひたすら、成功することに集中しないとダメなんだ!」と叱り飛ばされた。 確かにそうだな、と思ったが、私は常に自分でも収入を確保し続け何かあった時に備えたいと強く思った。

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どうしてそんなに開業にこだわるのか。

その理由を落ち着いて聞いてみることにした。

まず、現在の仕事に対する不満。

・所詮は雇われ院長、自分がやりたい様な治療が出来ない。

・職場が遠い為、通勤時間が無駄。(片道電車で90分、一日180分を電車で過ごしている)

・毎朝5時には家を出て、帰宅は終電。職場に泊まり込みという日も少なくない。

・家族と顔を合わせる時間が無い。

そして、開業したい理由(メリット)

・自分の思う様に仕事を進められる。

・自分のしたいような治療ができる。

・自分でスタッフを選べる。

・通勤が近くなり、家族との時間を増やせる。

確かに、月曜から土曜まで週6日毎日、朝5時に家を出るのは辛い。それは分かる。そして、いずれ開業したいという気持ちもわかる。けど、どうして今なのか??? 何度聞いても納得することが出来なかった。 私は経営とか開業についての知識が無いので、誰かに相談したいと思いつつも、そういう先輩も居ないし、誰に相談したらいいのかも分からなかった。 家族に報告をしたら、案の定、私と同じような否定的な反応ばかりが跳ね返ってきた。

夫はこんなにも周りに反対されても意志を曲げようとはしなかった。そして、睡眠時間も休みも少ない中、時間を削って経営に関する本や自己啓発本を読み漁った。時間が少しでも空けばブックオフに行ってそういった本を大量買いしていたし、ネット注文で届く宅急便もそういった類の本ばかり。融資を受けられる幾つかの機関を調べ上げ、申請する方法を探った。

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不意な妊娠 その③

それは2005年9月中旬のこと。

夫の「開業する」発言から1週間程が経った頃、私の妊娠が発覚した。

3人目は、もともと産もうとは思っていた。

しかも、女の子が生まれる様に産み分けをして、時期を長男の入学3か月前に生まれる様に段取りをしようと企んでいた(私の育児休暇と小学校入学直後の不安定な時期を重ねる為)。でも、半年以上も早く、不意に妊娠してしまった。

このことを夫に告げる時、「そういえば2006年5月に開業するって言ってたよね。でも、予定日が5月なんだよ。開業はまだするつもりなの?」と聞いた。

夫:「するよ。」

私:「いつ?」

夫:「2006年5月」

私:「どうして?私は出産で手伝えないのは愚か、あなたの手伝いが必要なくらいなんだよ??」

夫:「細木数子のこの本によると、大殺界に入る前のこの時期じゃないとダメなんだ」 

構想していたとはいえ、わざわざ出産の時期と重ねて開業するか?

開業と言ったって資金もないし、ノウハウもないし、あと8か月で開店までどうやって持って行くつもりなの?

物件はすぐに見つかるの?人材もアテはあるの?

分院長を任されてまだ1年も経っていないし、普通は数年とか、分院長として経験を積んでから開業するものじゃないの?

どうしてそんなに生き急ぐの?

資金をきちんと貯めて、経験ももう少し積んで、周囲にもう少し認められてからの開業がいいんじゃないの?

開業の準備ってめちゃくちゃ大変だよ。どんなに大変でも私は一切手伝えない状態だけどそれでもいいの?

色々な質問を繰り返すも、夫は「大丈夫、やってみせる。今のオレには勢いがあるんだ。今しかないんだ。」の一点張り。微動だにとも主張が動かない。そして、「オレはこんなにやろうという気になってるのにお前はマイナス意見しか言わない。」更に、「こういうのは勢いが大切なんだ。勢いに乗ってる時に邪魔をする奴は必要ない」的な発言もあり、なんと私が責められる始末。。。 こんなのってあり??? 疑問とフラストレーションで一杯。しかも、妊婦になった私は更にヒステリックになるばかり。。

そしてまた険悪なムードになったため、この話はまた一旦打ち切りに。

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全ての始まり。

どこから書き出せばいいのか、正直迷う。

でも迷ってばかりいては何も始まらない。

まずは、全ての始まり からだろう。

それは、2年前のちょうど今頃の暑い時期だった。

東京都墨田区の接骨院で分院長を務める夫がある日突然しかも何気なく、

「2006年5月に開業するから」と言った。

「はぁ??」

・・・・・ 言葉を探す私。

「だって、分院長になってまだ1年も経たないし、お金だってまだまだ借金してる身分だよ?無理じゃないの?!」

はじめっから「無理」という言葉を発した私に怒り心頭した夫はそれ以上話そうとはしなかった。

こういう時に深入りしてはいけないことを、私は当時5年間の結婚生活で少しずつ分かりはじめていた。その時は黙るしかなく、そして息子二人に振り回されているうちにこの話の存在をすっかり忘れていった愚かな私。 

いずれこの話がより真実味あるものとして再度湧き出る事をつゆ知らず・・・

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