妊娠・出産について

生後2ヶ月 (次女出産時の話)

本日で次女がこの世に誕生してからちょうど2ヶ月が経った。私の4人目の赤ちゃん。

初めて、教科書通りの普通の陣痛から始まった出産。「普通」を経験出来て嬉しかった。(長男は帝王切開、次男は破水から、長女は痛みなく8cm開いていたので強制入院から)

予定日が7月8日ではあったが、上の3人も全員38週以前に産まれていることから、6月中には生まれると見込んでいた。

32週に子宮口が1cm開いて早産気味と言われるも、ゴロゴロしていたお陰か、その後早産が進むこともなく、無事38週を迎えた。だが、予想に反してなかなか生まれる気配は無い。

どうしても6月中に産みたかったので、6月30日の早朝起きて散歩や階段の上り下りをしようと企んでいた。

でも迎えた6月の最終日、それも30日に日付が変わった途端に、弱い陣痛らしき痛みが来た。あまりに弱過ぎて、これは陣痛なのか、私の思いすごしなのか、と考えるほど。でも時計を見ていると10分おきに微妙な痛みがあった。

ちょうどその頃inchoが仕事から帰宅し、午前1時過ぎても微妙な痛みが続いた。前回出産時に「まだそんなに痛くない」と言ってから20分後に突然激痛に襲われてすぐに産まれたことから、inchoは弱い痛みでもすぐに病院に電話すべきだ、と私を焦らせた。電話してみると、「もう少し様子をみてください」と言われたが、30分後には間隔も短くなり7,8分間隔で痛みもやや増して来たしお尻が押される感じがしたのでもう一度電話すると、「すぐ来て下さい」と言われた。後から助産師さんに聞いたが、「お尻を押される感じがする」というのは産まれる兆候なので焦ったそうだ。

両親を真夜中に叩き起し、眠っている3人の子供たちを見てもらうため、タクシーで来てもらった。午前3時。

病院に向かう車の中で、はっきりと、「これは陣痛だ」と認識出来るくらいの痛みがあり、早めに行動しておいて良かった、と安心した。

3:30頃入院すると、子宮口が4cm開いているとのことでそのまま入院。

そこからすぐに産まれるのかと思いきや、普通に8分間隔くらいの陣痛が続く。

NSTをお腹に巻かれ、「お尻が押される感じがしたらすぐに呼んで下さいね」と言われ、放置された。

4時台は痛いが耐えられる痛みで、陣痛が来るたびinchoが腰をさする。陣痛を計測する機械が描く波で痛みが来るのが分かるらしく、そのうち言わなくてもすぐにさするようになった。

5時台は5分間隔になり痛みも増したが、まだ耐えられる感じだった。陣痛が去ると痛みは消えるし。

ちょうど6時、痛みもかなり増し、お尻に圧迫感、出そうな感じがあったのでナースコール。内診すると8cm開いていて、すぐに分娩室へ! と言われ車いすに乗せられた。

6:05分娩室入り。分娩台に上がろうとするが、足が上がらず、手伝ってもらって何とかよじ登った。最近はLDRと言って陣痛室から分娩室の移動無しで出産出来る病院が増えているというのに。

それからすぐに、もういきんだら出るような感覚に襲われ、「出る~」と何度か叫んでしまった(恥)。助産師は落ち着いた人で先生を呼んだが、来るのに時間が掛かるらしく、何やら手配を諦めて「じゃあいきんでみて」と言った。

頭がはさまっているのが分かった。痛くて熱くて、辛かった。これから生まれるぞ、というのにinchoは一睡もしていなかった為眠りこけそうになっていた。ふざけんな、と思いつつ思いっきりいきむとバチン!!と破水してジャッバーーンと羊水とともにつるんと出た。

私はずっと目を閉じていた。目を開ける体力も無かったから。

え?!もう?? 産まれたの??というくらい楽だった。

前回も前々回も、痛みに意識を失いそうになり目を閉じると先生に「目を開けて!私の目を見て!!」と叱られたが、今回は先生が間に合わない間に産まれた。 

とにかく、今回は分娩室に移動してからが早かった。

出生時刻、2009年6月30日 6:19。 

産まれてすぐに、軽くタオルで拭いただけで次女は私の胸に乗せられた。まだ胎脂が身体についていた。そして臍の緒が切られ、自分でも気付かないうちにあっという間に胎盤も出ていたようだ。

お医者さんが到着して診察したが、「傷なし」とたった一言で、一瞬で終わった。

この日はお産が立て込んでいたため、本来はそのまま2時間分娩台の上で休むところ、すぐに別のベットに移動され(ドラマで1,2,3と数人の看護師が数えながら寝たままの患者をベットからベットへ移すような感じで)、陣痛室へと戻った。

陣痛室もこれから出産する人で埋まり始めたので、婦人科の病室に移された。ここは出産の幸せオーラはなく、病気で入院されている方たちのお部屋なので、お互いに気まずい。隣のおばあちゃんが何やら泣き始めて看護師とお話している。暗い雰囲気。

数時間後、出産のお部屋に移った時にはほっとした。カーテンもピンクで明るく、全員が赤ちゃんを産んだばかりのママ、小さい産声がちらほら聞こえる。

今回ほど出産入院が幸せだと感じたことはなかった。

上の子たちの喧騒から逃れ、静かで空調も整い、上げ膳据え膳の病室は天国のようだった。

重たい身体で3人の子供たちと毎日格闘してご飯を作っていたのが、実はとてもしんどかったんだな~~としみじみ思うほど、疲れがたまっていたらしく、その日は昼間もぐっすり寝たのに、夜もぐっすりと眠れてかなり快適幸せだった。

6月30日はお産がとても多くて、てんてこ舞いだったらしい。同じ日に産まれた赤ちゃんが8人も居た! 

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子の一ヶ月健診

母の一ヶ月健診より一週間遅れで、赤ちゃんの一ヶ月健診に昨日、行って来た。

生まれた瞬間から生後一ヶ月と8日目までの成長ぶりです。

頭囲  33.5cm  →  36.0cm

胸囲  31.5cm  →  37.0cm 

身長  48.0cm  →  52.6cm

体重    2、870g  →  4、555g

赤ちゃんを10cmの高さから落とす振りをして赤ん坊が反射で両手を広げてびっくりするかどうかのチェック(モロー反射)や、股関節脱臼をしていないかどうか、肌の色や調子など幾つか医者がチェックし、問題なくスクスク成長していることが分かった。

「気になることは?」と聞かれて、便が一日1回程度だということが気になっていたので聞いてみた。これまでの3人は、新生児期には授乳する度にぶりぶりっと一日に10回くらい出していたのに対して、この子は丸1日出ないこともあるのが気になって。

医者曰く、便が出ていなくても良く飲み機嫌も良いなら問題ない。4,5日以上出ない場合や、様子がおかしい時には受診するように、ということだった。

生まれた時点で不足していると言われるビタミンKを補充するためのK2シロップは、通常は一ヶ月健診時に病院で内服するものだけど、今回この大学病院では、処方箋を出されて自宅で飲ませて下さい、ということだった。

処方箋に「どこの薬局でも処方してもらえます」と書いてあったので地元の薬局に行ったが、大学病院を出たすぐの薬局で薬を貰うべきだった。

普通は医者で飲ませるものだからK2シロップなんて在庫がなく、その薬局は近隣薬局にあちこち問い合わせをしてくれた。なかなか無くて、一番近いところでも徒歩では無理な場所にあるので、わざわざ取り寄せてから当日中に自宅に届けてくれることに。 

なんて親切なんだろう~ 最近はどこでもサービスが過剰なくらいになされているような気がするのは私だけだろうか。 助かるのだけど、これが当たり前だと思ったりしたくないな。 

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母の一ヶ月健診

普通、一ヶ月健診というと母子両方を診てくれるのだけど、大学病院ということで婦人科と小児科で別日程で予約を取るシステム、そして今日は私が一ヶ月健診に行って来た。

子宮も卵巣も正常、普通の生活に戻ってOKが出ました。

体重をあと数キロ落としたいので、無理ない範囲で動かないとな~

大きな異常なく4度も妊娠出産を終えられて、どんなに幸せなことだろう~~と噛み締めながら帰った。

帰宅すると、長男が父とWii Sportsのゴルフをやっていた。2人とも、すごく楽しそうに・・・ そういえば昔、父は「男の子が欲しかった」と漏らしたことがあり、私は女の子でごめんね、と夜中泣いたことがあった。 そして、自分が男の子を産んだ時、親孝行出来たかなと少し思った。普段はあまり話さない父が数年前に、「最大の親孝行は、孫をこんなに産んでくれたことだ。」とぽつりと言った時、なんだか感動した。

父は息子を持つことは出来なかったけど、元気なうちに男の孫と楽しく遊ぶことが出来て、それはそれで幸せなんだろうな、と思った。

子供って不思議な存在だな・・・・・

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人生で一番痩せ易い(?)時期

人生で一番痩せ易い時期、それはまさに出産後。

これまでの3回は優良妊婦に徹し8キロ増加を死守出来ていたのに今回の妊婦期間中には10キロも増えてしまい、退院する日にはまだ5キロも減っていなかった。

今回は高齢に差し掛かり、ちゃんと体重が減ってくれるのか不安だったけど、一週間に1キロペースで順調に落ちているsmile

産後6ヶ月以内が痩せ時でそれを過ぎると落ちにくくなると聞いたので、この期間中に頑張ってみますsmile

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妊娠中の症状で分かる、胎児の性別

あくまでも、私の場合・・・

男の子を妊娠すると:全体的に体毛が濃くなり、特にお腹には縦中心に毛の一本線ができる。

ポテトフライなど、脂っこいものが食べたくなった。

女の子を妊娠すると:全体的に体毛が薄くなる。今回は眉毛まで薄くなった。。 でも髪の毛は増える。 

ファーストフードの臭いだけでダメ、果物や野菜が食べたくなった。

体毛は男性ホルモン、髪の毛は女性ホルモンの仕業と聞いたことがある。

こういった症状にも個人差が非常にあり、人によって全然違うようなので、参考にはならないかもしれないけれど、私の場合は妊娠中から男女別に症状が分かれていました。

もう一つ、忘れていたものを思い出した。

脈診と言って、脈の強さなどから分かる方法で、右手首の脈がより強ければ女の子、左手首の脈がより強ければ男の子と言われているらしい。 でも脈の微妙な違いを感じ取れる人間は少ないのかな・・・少なくとも私には無理です。

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生後一週間

産まれてからちょうど一週間が経過。

授乳時以外は、ほぼ眠ったまま。こんなに動きがなく、眠ってばかりだったっけ?

今日の午後から、甘え泣きが何度かあり、抱っこすると泣き止む。

初めて赤ちゃんのお世話をした時には何故かとても忙しく感じたけど、今は・・・することがなく、眠っている赤ん坊の可愛らしい顔を眺めたり。。

とっても可愛くて愛しくて、赤ちゃんってこんなに幸せな気持ちにしてくれるんだ、と今更ながらに産まれるまでまた忘れていたのだった。

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入院4日目(もう退院)

以前は産後5日間入院で45万円だったが、最近は4日間に縮まり、料金が50万円にアップした。 手当金がアップしても、結局入院費も値上がりなので、別に何ら変わりはない。値上げした分もカバー出来切れていないくらい。

退院当日の今日、朝9時に最後の授乳、赤ちゃんの状態説明を聞いてから10時までにベッドを空けて退院手続き、というスケジュールだったが、今回は誰も迎えに来れる人間が居ないので私と赤ちゃん、母子での退院だった。お産も楽で体調も良いので荷物をまとめてタクシー捕まえるだけだもの。他の人たちは皆家族に迎えられているが、なんてことはないさ。ふん。

出産の時に3時間程度立ち会ったinchoは、一度だけ10分くらいお見舞い?に来た。頭に来たので、最低限退院に必要なモノはどんなに時間が無くとも届けて貰うことにした。

今回も、子供たちは一度も面会に来ることは無かった。でも寂しいと思うどころか、入院生活の静けさ、平穏さに浸る幸せをずっと満喫していたhappy02heart04  3食とも上げ膳据え膳、誰の世話をするでもなく赤ん坊に授乳する以外はベッドでゴロゴロするだけの生活、お見舞いに来てくれる友達と久し振りにゆっくりと話し込む事も出来、こんな極上な生活があるだろうか。自宅に帰ればまた、自分の声さえ聞こえないカオスに逆戻るのかと思うと、もう少し入院していたかった・・・

真夜中の授乳室は好きだった。同じ生年月日の子供を持つ者同士の不思議な絆と縁、何気ない愚痴や育児の不安や期待などを話したりして・・・ 6月30日は月の関係か、産気づく人が多くて8人も産まれたのだった!! 前後にも出産が多くて、新生児室は17人の赤ちゃんで混雑していた。

この病院で出産するのは3度目、さすがにこれで最後にするぞという気持ちを込めて、全ての部屋に心の中で「お世話になりました、ありがとう。」と挨拶してきた。さよなら、病院、楽しい思い出をありがとう。健診で訪れることはあっても、二度とお産ではお世話になるまい。

次男の時からずっと診察して下さり、次男と長女を取り上げて下さった美人女医さんがわざわざ昨日病室まで挨拶に来て下さって、念願の記念撮影をやっと出来camera、大満足。

もう思い残すことは、無い。

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帰宅して玄関を開ける時にちょっと緊張した。

子供たちは面白い反応を示した。予想外だった。

「ママに会えて嬉しい~~~!!!」 よりもまず先に、3人とも極小サイズの赤ん坊に注目、我先にと寄って来て、赤ちゃんに触ったり話しかけたり。

長女が、お人形用のクーファンを持って来たので赤ちゃんを入れてみるとすっぽり入った。それを長男が大切そうに運んで、畳の部屋へ連れて行き、3人で寄ってたかって赤ちゃんを観察し始めたので、私は玄関に残された。

顔をあげると、リビングの壁に「ママおかえり」と大きな文字を印刷した紙が貼ってあるのが見えた。リビングの入口には折り紙で作られた飾りも付いていて、何やらくす玉のようなものまで。涙が出たが、必死に隠して子供たちの様子を見に行った。

既に3人でコミュニティが出来上がっているので、小さな赤ちゃんが加わったところでそんなに大変さは無いのかな~~というのが第一印象。 

しかし子供たちがこんなに赤ちゃんの来訪を喜び珍しがり、楽しがるとは不意打ちだった。

さて、これからいよいよ、4人兄弟姉妹育児生活が本格スタート。 どうなることやら・・・・・

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入院3日目(ドライテクニック)

3年前には取り入れられていなかった、ドライテクニックたるものを今回知った。

ドライテクニックとは、産まれたばかりの赤ちゃんを数日沐浴させないでおく手法らしい。羊水や胎脂を体の表面に残しておく事で赤ちゃんの体力消耗を防いだり菌から肌を守ったりする。そして安心感を持続させる為お母さんの匂いを体に残しておくのだそう。


以前は産まれた直後に赤ちゃんを洗ってくれて、その後も毎日沐浴されていたが、今回はそれがなく、赤ちゃんの頭髪や体にはところどころ白い胎脂が付着したまま。 数日も経てば首の溝に溜まった垢もほんのり香って来る。。。。

そして、早過ぎる明日の退院を目前に、今日初めて自分の手で赤ちゃんを沐浴させた。
垢が大量に浮いた。小さな体だけど、新陳代謝は非常に良いのが赤ちゃん。

ちなみに、退院後は毎日なるべく決まった時間に沐浴させねばならないらしい。


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入院2日目(授乳開始)

おっぱいは出産した途端に溢れ出る物でなく、陣痛並の痛みと苦痛を乗り越え、数日・数週間の格闘の末ちょうど良い量が出る様になるものなんだという事を知ったのは長男出産後だった。

2度目の出産後に助産師さんから、「赤ちゃんは3日分のお弁当と水筒を持って生まれて来るから、それまでにお母さんは授乳準備をすれば良いのよ。」と聞いた。

この病院では、日中母子同室、夜間は授乳室にて授乳するが、授乳タイミングを体調に合わせて選択出来る。

1.0時、6時、など時間になったら授乳しに行く。
2.夜間授乳せず。
3.赤ちゃんが泣いたら呼んで貰い、都度授乳に行く。

だいたいこんなパターンがあるが、最初の一晩ゆっくり休んだので、まだおっぱいは出ないが、昨夜は都度授乳で頑張ってみた。

何も出なくても赤ちゃんに吸って貰う事で刺激され、おっぱいが出る様になるし、子宮が収縮して(これが痛い)体の回復にも繋がる。

昨夜は22:30、0:30、3:00、6:00に授乳したら、最後の6時にやっと4ml出たのだった。 (授乳前後の赤ちゃんの体重を量り差を見る)

今日、明日辺り猛烈に張って来るのかな。。。sweat01

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入院1日目

この病院では出産当日を0日、翌日から1日目、2日目とカウントしていく。

今回は早朝に産まれたので、当日が長くてのんびり出来た。
自分では気付いていなかった疲労が相当溜まっていたらしく、昨日は昼間っから沢山眠ったのに夜も赤ちゃんの事や家族の事もすっかり忘れて爆睡sleepy 笑みがこぼれる朝を迎えた。

24時間、空調が室温22度、湿度60%に管理されていて、快適極まりない! 寝苦しさ一つなく、俯せになったり好きな体勢で眠れるこの幸せhappy01

昨日の朝食から全て食べているが、何を食べても、美味しいdelicious お腹がすごく空くし喉も渇き、差し入れ菓子を食べ、夜中に自販機に水を買いに行ったほど。

入院生活、超、快適ですheart04heart04heart04

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産まれました

3度目のVBAC、無事成功して、ホッとしたところです。

分娩室に入って12分後、医者も間に合わず、でも助産師に見守られ安産でとにかく安心しました。

2009年6月30日、午前6時19分。2870グラムの女の子です。

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産まれる気配、遠のく。

切迫と言われていたのですぐ産まれるのかと思い、当初の勝手な予想では現在既に産後、入院中のはずだった。本日、妊娠38w3d。予定日までは、まだ11日あるが。

しかし、生まれる気配は薄れるばかり・・・chick のんびりした赤ん坊のようだ。

なので、無理だと思っていた長男の授業参観にも本日、普通に行けた。

長男はたくさん、手を挙げていたが、あれは普段からそうなのか、それとも授業参観だから張り切っていたのか、それを後で聞きたいと思う。

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こんなに静かな時間があるだろうか。

今日もまた、下の子二人は両親の家へ遊びに、張りきって出かけて行った。休みに子供を預かって貰えることなんて、これまで殆ど無かったので、面食らう程に楽shine 素晴らしさに感動heart01 両親も2人きりだと間が持たないようなので孫が来ることで良い暇つぶしというかイベントになるのではないかと。私も楽だし、まさに一石二鳥wink。 いや、子供たちも大喜びなので一石三鳥かもpenguin

長男は午前授業参観、午後野球baseball

至福・・・・・・・confident

今日か、数時間後か、といつ産気づくのか待機しているうちに、この巨大な妊婦腹にもすっかり慣れ果て、もう産まれて来る気がしなくなってきた。。。 

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満月・新月と出産の関係

統計的に最も出産が多いのは、満月や新月の一日前と、三日後だと言う研究結果があった。


今回の新月は6月23日。

その3日後である26日がもしかしたら、XDAYになるのかも?


少し期待。

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正期産(37週)突入

ついに、正期産(37週)突入しました。

もう、いつ生まれてもOKなくらい、胎児は成熟している(と一般的に言われている)。最後に完成すると言われる肺や目の機能も準備万段というところでしょうか。

これまでお腹が張りやすく、安静にと医者にも言われていたので大人しくしていたが、これからはもう少し活動的に動けます!

カレンダーを見たら、inchoは勝手に、24日の欄に「Xデー」と記入していた・・・

そんな親の思い通りに生れてくれる赤ん坊が居るんだろうか。

「赤ちゃんは、生まれたい時に生まれる」らしいですよ。

沢山運動すればお産が早まるのかとも思ったけど、毎日ガンガン歩いたり運動したのに、予定日を何日も超過した人も居るし。

と言うわけで、最後の妊娠出産。

いつ、どんな風にお産となるのか、ドキドキはらはら、この緊迫感を面白可笑しく楽しんじゃいたいと思いますsmile

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35週突入

先週の健診から出産予定の大学病院へ転院した。

32週の健診では貧血&子宮口が1cm開いているので安静にと言われてビクビク生活していたが、2週後の34週でもまだ1cmで、開き具合が進んでいなかったので次の健診も2週後でOKと言われたのだった(ほっ!)。赤ちゃんがまだ下には下がって来ていないのだろう。

前回の妊娠時も早々から子宮口が開き始めていたのに陣痛が来ず、「陣痛来たら病院間に合わないかもしれないよ」と相当脅されていたけど結局38週まで持ったので、今回も大丈夫だろうということらしい。

とは言え、今回は貧血のせいか息切れと疲労感があるし、お腹が張って来るので距離を歩くのが怖い。 あと2週間は大人しく、無理せず、ゴロゴロと甘えた生活をさせて頂きますsmile

3度目のVBAC、成功しますように。

無事出産出来ますように。

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初めての貧血。

32w、健診に行って来た。

先週受けた血液検査の結果が出ており、初めて貧血と診断されました!!

道理で、息切れがするなと思ったら。。

「4人目にして初めてってすごいですね」とは言われたものの・・・ これまで特に栄養に注意した生活をしたことがなかったのに貧血が出なかった事もスゴイなと思うけれど、母がよっぽど私を丈夫に産んでくれたのだろうなと感謝していた。

そんな私の体もついに栄養素が吸い取られまくり、きっと骨もスカスカなのだろうthink 

昨日は昼間外出し、夕方からお腹が頻繁に張った事を伝えると即内診行きになった。

診察すると、子宮口が少し開いているとのこと! 張り止めの薬と鉄を処方された。

まだ1800gの胎児、あと5週間は腹の中に留めておきたい。 

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妊娠9ヵ月突入 逆子が戻った!

ついに末期段階まで来てしまいました。

お腹は一層重たく、時折張ることも増えて、お腹が邪魔でモノや家具や人にぶつかったりする日々。。。足元に座っていた子供に気付かず、探していたり・・・

GW前に指摘された逆子は、逆子体操と安産お灸とincho必殺マル秘治療のお陰で戻っていた。一度治った逆子がまた逆子に戻ることは非常に稀とのことだが、体を冷やさないように気をつけたいと思う。

先日の健診で胎児の推定体重が1700g超えていたが、これから1ヵ月の間にあと1kgちょい増えるということ・・・?sweat02ですね。。。恐

因みに私自身の体重増加は一か月前くらいからストップしています。胃まで圧迫され、食べたくても少しですぐに一杯になってしまうのです。

早産にならないように気をつけたいと思います。

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逆子体操

今日の健診で逆子と言われてしまいました。

でも30週なのでまだまだ回る可能性は残されている、とも。

逆子になる原因を助産婦さんが説明して下さいました:

one単に赤ちゃんがくるくる回りたいから。(この時期はまだ羊水もたっぷりあるらしい)

two母体が冷えたり疲れたりしていると逆子になりやすい。

あともう一つくらいあったような気がするけど・・・忘れてしまった。

今日は人生で初めて、尿蛋白が++出たbearing  でも胎児はよく動いていて非常に元気ということでこれが続かなければ、心配ないとのこと。 体を冷やさないように、疲れを溜めないように、そして水分を多めにとるようにしたいと思う。

そして、逆子体操を教えて頂いた。私の場合は赤ん坊の背中が私の左側に来ているので、夜は右向きに寝るように指導されました。

次男の時にも一時逆子になり、これはお灸でinchoに治してもらったので、合わせて安産のお灸もやってもらおうと思います。

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妊娠8ヵ月目突入

妊娠後期突入、ここまで順調に来たので、ラスト約2ヵ月となった。

毎回不思議と健診で正常と診断され、ついにここまで来てしまった。万一産まれてしまっても現代医学の進歩で生存率が高いそうだ。

胎児の推定体重は約1200g。

私はプラス、7キロも増加coldsweats02  

これ以上増えないように気をつけなければならない。純粋に赤ん坊の体重だけが今より1.5キロ増えたとしても、8.5キロ増。。。

後期って、特に食べた覚えがなくともずんずん体重が増えるので、水をガボガボ飲むとしよう。

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兄弟姉妹の母に? 4人目妊娠

なかなか人に話す気になれなくて、ひっそりと過ごしてきましたが、兄弟姉妹の母になるかもしれません。そう、4人目妊娠中なのです。

実は、4人目を産もうかどうしようか、考えた事があった。

でも、あらゆることを考えると怯んでしまいとても産む決心などつかず、私には目の前に居る3人を育てる事も大変なのだから、この子たちを大事に育てよう!と決めたのだった。

そのわずか数か月後に妊娠発覚。驚いた。 「引き寄せの法則」だーーと思った。

日記をたまたま読み返してみると、2008年の初夢が現実になったことを知った。

これまで流産していないので、(流産の確率は妊娠毎に高まると聞いたので)順調に育つ可能性は少ないと思っていた。そして友人知人で妊娠中期の流産や後期の死産の経験談も聞いているし、年齢も上がっているから安定期に入ってからもなかなか安心出来ずに居る。でも着々と順調に育ってくれている胎児。この世に生まれたいのね。それなら私も頑張らねば、と勇気を貰う。

つわりの度合いも、妊娠中の体調も、毎回違う。もちろん、お産も毎回違う。当たり前だけど生まれて来る子供の性格も容姿も、毎回違う。

男女両方育てられるだけでなく、兄弟と姉妹の両方が混在する兄弟関係を見守れる、更に経験豊富な母になれることは嬉しいけど・・・これから待ち受ける苦難や更なる修行の関門を思うと恐ろしい。食費や学費も。

なので、生まれた後の世界は想像出来ていない。

今はまず自分の体調管理に重視、無事出産することに専念する。あとは、その場しのぎ、なんとかなるさ、というのが私のスタイル・・・  先のことを心配し過ぎても仕方のないことだし、取り越し苦労は時間の無駄なので(本当は考える余裕が無いだけ)。 一つ一つ地道に積み上げます。

予定日は7月8日だけど、これまで全員38週以前で産まれているので順調に進めば6月後半には産まれる予定です。

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妊婦健診 補助券

自治体によって金額や枚数に差があるみたいだけど、川崎市でも妊婦健診の費用が割引になる補助券(2009年4月1日から利用可能)が追加配布された。

3月までは5枚だったのが、4月に新たに9枚配布され、合計14枚となった。4月以降に母子手帳を貰う人は最初から14枚貰えるはず。

出産育児一時金も、昔は30万円だったのが35万円になり、今は38万円。10月以降出産の人は42万円になるらしい。(42万というのは一時的措置という噂もあり、一時金のことだけで考えるなら、産むなら10月以降そして早めに、が良いのかもしれない。)

私は補助券制度自体よく理解していなくて、数回の妊婦健診で何も言われなかったので使わずに料金を全額払っていた。(高額検査時だけ案内があったので券適用で多少割引になった)

今回健診に行ったのでダメ元で、遡って補助券を使えないのかと尋ねたら、なんと手続きをして下さった! と言っても、追加配布された補助券は4月1日以降にしか使えないと思うけれど。 

元々母子手帳に付いていた5枚のうち2枚の未使用補助券を遡って適用してくれて、8千円キャッシュバックとなったdollar かなりありがたい。そして、言ってみるものだ。

わざわざ調べて煩わしい手続きをして下さった受付の方に感謝。これで少し食費の足しになるwink

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助産院出産への憧れ

子供の頃から何故か自分は、安産体質であろうと思い込んでいた。

なので、第一子を帝王切開する他無いと知らされた時はなかなか信じられず、最後まで普通に産めるのではないかと希望を持っていた。

2人目&3人目でVBAC(帝王切開後の普通分娩)に成功した今となっては、帝王切開の経験も良かったなと思えるけど。

臨月に入って陣痛もなく子宮口がかなり開いた時、「普通なら促進剤で産ませちゃうところですが、あなたの場合はそれが出来ないので、自然に任せるしかありませんね。」と言われた。傷のある子宮には急な収縮を促す「陣痛促進剤」を打つことが出来ない為、ある意味VBACでは普通よりも自然なお産をすることが出来たのだと思う。

水中出産や自宅出産、助産院での出産には、興味があった。自然に最も近い形で出産することが出来るから。でも、万一母体か赤ちゃんに異常があった場合には病院に搬送されるタイムラグが生じる。

実際、助産院で出産した経験のある友人は、「病院とこれほどまでに違うとは!」、「お産って、素晴らしい!」 という感想を教えてくれた。

でもリスク妊婦であった私は、すぐに緊急手術対応可能な大学病院で産む他選択肢は無かったが、それはそれで安心感があった。NICUも併設されていたので更に安心であった。

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次男が生まれた日は・・・

4年前の保育園夏祭りの日に次男は生まれた。

予定日より10日も早く調子が良かったので、私は当日お店番のお手伝いをする予定にしていた。

所が、午前6時頃、破水した。inchoが出かける前だったのが幸いだった。確か、破水イコール入院だったな、と破水に関する少ない知識を頭の中でまとめてひとまず病院に電話した。8:30以降の普通の外来で来て下さいということだった。

8時頃まで準備などして、長男を保育園に送った後、病院に向かった。 もし一人だったら・・・と考えると怖かったけど、ラッキーだった。

病院に着いて診察をすると、やはり破水と診断されそのまま入院。しかし痛みも何もなく、「一度帝王切開をしているから、48時間以内に自然に陣痛が来て分娩とならない場合は即帝王切開に切り替えますからね。」 と言われた。 陣痛促進剤は強い収縮を与えるので傷がある子宮には使えず、自然に来るのを待つのみ。

暇だった。お腹が空いたので、母親が持ってきてくれたおにぎりを食べたりした。

午後に入っても痛みはなし。このままどうなるんだろう・・・

一人で横たわっていると、鈍い痛みがあった。これは痛いのか、痛くないのか?よく考えないと分からないような痛みだったが、一応記録しておいた。40分後、同じような痛みがあった。 巡回に来た看護婦さんにそれを伝えると、「10分おきでないと陣痛とは言えないわね。」と言われ、ひたすら待ち、少しでも痛みを感じたら記録した。

最初が確か、14:40頃、その次が15:10、15:50、16:20、16:50

規則的に40分間隔でちょっと重い生理痛のような痛みが来た。

所が、17:00に痛みが来た時、それは耐えがたいような痛みとなって来た。お腹にやっとモニターが付けられ、「ここから規則的に10分間隔が続いて、間隔が縮まって来たら、お産ね。」と言われた。

「息を吐くことだけに集中しなさい」という言葉だけを頼りに、ひたすら息を吐いて痛みを逃していたら、「上手ね」、と褒められた。

その後規則的に10分間隔で波は来た。その頃にはinchoも戻り、波が来た時には湯たんぽを腰に当ててくれたりした。(というより、そう指示した) 痛い時にはものすごく痛いが、波が引くと平然として居られる。それが不思議だった。

その後も数時間、とても痛い波が何度も来て、途中助産婦さんも分娩が入って不在になったりして、「これは、やばいんじゃないの」というところまで耐えて、ナースコールをしたら、「すぐ分娩台へ」ということになった。 

その後のことは、よく覚えていないが母子手帳に入った出生時間は23:09となっている。

初産の平均所要時間は19時間だから、6時間というのはかなり早いらしいが、あの痛みを更に半日続けろと言われたら・・・出来ない。

次男の頭にへその緒が巻きついていて、最後の最後出る時にイキンでも戻ってしまったりして首を絞められたせいか、胎児心拍が落ちたので先生が早めに処置をして次男は生まれた。

おでこにへその緒がめり込んだアトが付いていて、産後もしばらオデコがく凹んでいた。

産後、分娩台の上で2時間安静にするが、その後自力で立って看護婦さんの誘導でトイレに行こうとした瞬間、倒れた。目を覚ましたら病院の冷たい廊下の上で仰向けになっていて、後頭部が痛かった。

2004年7月16日は金曜日で、ギリギリ当日産まれてくれたので追加料金もなく、その分退院も一日早く、入院費用が抑えられたので生まれた直後から親孝行な子だと思ったもんだった。

入院中、気になったのは留守番している長男のことばかりだった。。

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出産の痛みとは?

「鼻からスイカを出すような」

「腰をトラックで何度も轢かれるような」

と聞いても、痛そうではあるが、正直あまりよくわからなかった。

どうしても帝王切開がトラウマで、2人目の際には普通分娩にチャレンジしようと決めた私だったが、それでも当然出産の痛みは伴う。一体どんな痛みなんだろう? でも動物や人間が昔からずっと繰り返してきた(ある種自然な?)痛みであるから耐えられないはずはない、そう思っていた。

職場では子育て経験者が何人も居るが、たまたま出産の話になって、一人の方が、それだ!!と思う表現をした。

「史上最悪にヒドイ下痢とヒドイ便秘が一気に来た感じ」

ちょっと汚いけど、これなら誰でも経験したことのある痛みを交えて例えているから分かりやすいかな?と思った。

とは言え、耐えたくない痛みであることには間違いない。ただひたすら、息を吐いて痛みを逃す。そうすると陣痛はどんなに痛くても、痛みの波があって、途中で何度も数分間の休憩が入る。

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VBAC出産

私は第一子を帝王切開で生んだので、通っている個人病院の産婦人科では、次の子も帝王切開、と決められていた。理由は簡単、リスクが伴うから。

一度メスを入れた子宮は、産後しぼむが、再び妊娠して膨らむと切った部分が薄く伸びるのだそうだ。風船に例えて考えてみて下さい、と言われた。ただでさえ膨らんだ子宮は陣痛によってものすごいストレスが掛かり、薄くなった切り込み部分から子宮破裂を起こす可能性が高い。子宮が破裂すると胎児が大変危険な状態になるし、子宮摘出の可能性が高くなる。最悪の場合、大量出血で死亡する。

2人目を妊娠した時から、VBAC出産にチャレンジしたいと考えていた。帝王切開の種類により、次の妊娠で普通分娩が出来るということを知ったから。帝王切開は私にとってトラウマだった。二度としたくない。それに、女に生まれたことだし子供を産む痛みを体感してみたいという変な願望も少しあった。リスクに怯え、何日も悩んだ末、VBACすることに決めたのだった。

VBAC(Vaginal Birth After Cesarean)=帝王切開経験後の普通分娩

ネットで調べると失敗例やリスクなど、恐ろしいことが一杯書いてあった。それでも普通分娩の道を選んだ。受け入れてもらえる大学病院を探して、いつも通っている産婦人科から妊娠後期に紹介状を書いてもらって転院した。大学病院なら、緊急帝王切開や、緊急事態になっても24時間対応可能だし、NICUも入っているので赤ちゃんに何かあった場合もすぐに対応してもらえる。 

最初の帝王切開の理由により、VBAC出来るか出来ないかが決まる。骨盤が生まれつき狭い為赤ちゃんの頭が通らない人や、持病を抱えている人は次も帝王切開となるが、逆子や前置胎盤など、その妊娠に突発的に起こったトラブルならば次回も起こるとは限らない為、普通分娩に挑める可能性がある。ただし、VBACするだけでもリスクなので、優良妊婦でなければXだと説明された。

優良妊婦とは、高血圧やむくみなどの妊娠中毒症状がなく、体重増加も8kg以下、胎児が健康、など。私が説明されたのは、お産が進みにくい人に使う、「陣痛促進剤」というのはすごい勢いで子宮収縮する薬だから子宮破裂する可能性の高いVBACの人には使えないということ。 

・体重が増えすぎると産道に肉がついて難産になりやすので、8kg以内に抑えないと帝王切開になります。

・予定日を過ぎても陣痛が起きない場合、子宮に負担が掛かるのと、促進剤が使えないので、帝王切開になります。

・胎児の心拍が落ちたりした場合にもすぐに産まないといけないので(通常促進剤で生ませるパターンでも)緊急帝王切開となります。

・破水をして48時間以内に陣痛が来ない場合には帝王切開となります。

今覚えているだけでも、これだけの注意点があった。もしかしたら忘れているものもあるかもしれない。

成功したから言えるのだけど、VBACで良かった。産後の苦痛が全く違った。

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部分前置胎盤

紀子様は3人目を出産した際に、部分前置胎盤ということで、帝王切開だった。

私は最初の妊娠の、妊婦期6か月頃から「前置胎盤かもしれない」と何度か言われていた。「でも週数が進んで子宮が大きくなると胎盤の位置がずれることもあるから様子を見ましょう」 妊婦健診に行く度にそう言われ、言われる度に胎盤の位置がずれることを願った。

でも、胎盤がずれることはなかった。

36週の時に行った外来の健診で、「あれ、もう36週ですね!すぐにでも入院してください。万が一陣痛が起きたら、5分以内に処置をしないと大量出血で母子共に大変危険な状態です。」と言われた。 妊娠性ヒステリーな私は頭がパニックになり、すぐに夫に連絡。そして夫が入院に付き添う事が出来るように、入院日を2日後に伸ばしてもらえるように聞いてみると、ダメ! 何とか翌日入院にさせてもらい、一旦帰宅。 大まかに準備してあった荷物をまとめて、心の準備をし、母に入院付添依頼の電話をした。

胎盤が元に戻らない時の為に、37週0日に帝王切開手術をする予約がしてあった。でも、最後の最後まで、36週の健診に行ったその日も胎盤が急に元に戻るのではないかと私は思っていた。でも胎盤はずれず、入院することになった。Xデーまで一週間。胎盤は動くのか? ずっと希望を持っていたが、帝王切開予定日の前夜に受けた超音波検査でも胎盤はずれていなかった。。 「赤ちゃんも小さい様だし、あと1週間お腹の中で様子を見てみますか」 医者はそう言ってくれた。 でも入院した1週間ずっと、陣痛を抑える為の点滴につながれていて、寝た切り生活に私は耐えられなかった。それに、「予定帝王切開なら準備も万端にできた状態で落ち着いた手術ができますが、万が一出血があったらその時点で緊急帝王切開になり、縦切りになる可能性もあり、リスクも高まります」ということで、 「いいえ、予定通り明日でお願いします。」 私は腹を割った。2001年2月7日、その晩は寒く、雪が降っていた。手術前夜ということで殺風景な一人部屋に移され、色々思いがあってよく眠れなかった。そして、翌日、私の腹はメスで裂かれた。

胎盤という、母体から赤ちゃんへ栄養を送る為の血の塊の組織は、通常ならばお腹の上の方についている。前置胎盤というのは、胎盤の位置が子宮口(つまり赤ちゃんが通る出口)に差し掛かった状態のことを言う。前置胎盤でも3種類あり、全前置胎盤は胎盤が完全に子宮口を塞いだ状態。部分前置胎盤は、子宮口が半分くらい塞がれた状態。辺縁前置胎盤は、少しだけ子宮口に胎盤が差し掛かった状態。 胎盤は血の塊であり、そこから出血すると母体の血液がかなり奪われる。 そして、普通分娩では赤ちゃんが生まれるまでに数時間かかるが、その間もずっと胎盤から赤ちゃんに酸素やら栄養がいきわたっている。胎盤が先に出てきてしまったら、その時点で赤ちゃんは死亡する。陣痛により子宮口と胎盤がずれたりしたら、胎盤から出血を起こし、大量出血となる。 だから、前置胎盤の人は、陣痛が起きる前に帝王切開するのが一般的なんだそうだ。

手術は無事成功し、長男は予定日より4週間も早く、2180gという小ささでこの世に生まれた。 

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不意な妊娠 その①

結婚した時点で、夫が柔道整復師の夜間専門学校に通う間の3年間は下積生活ということは決定していたので、私もその間は仕事を継続してバリバリと稼ぐつもりだった。

しかし、結婚して3か月後に妊娠発覚。

妊娠中は働くとしても、産後はどうしても数か月は働けない。

初めての妊娠でかなり動揺したのに、親も喜んでくれずさらに落ち込んだ。

生活の心配よりも、まず親になれる自信がない。当時25歳の私。 

でもやっぱり、子供は授かり物。エコーでピクピクと動いたり大きくなっていく姿を見ているうちにその生命力に感心し、前向きになっていった。

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出産は命がけ

先日、夫の姉の第三子が生まれたということで、日曜日に会ってきた。

義姉は今回の出産後に胎盤がうまく剥がれてくれず、赤ちゃんが生まれてから6時間もの処置をしてようやく胎盤が取れた。(その間ずっと分娩台の上)

胎盤は母体と赤ちゃんを中継する血の塊の組織。私が産後に見た自分の胎盤の第一印象が、「巨大な肝臓」。そのような黒っぽい血の塊の袋が子宮の壁に張り付いていて、へその緒がそこから延びている。へその緒が、赤ちゃんと胎盤を結ぶ。母体から胎盤に運ばれるものすごい血流から、胎盤は栄養を吸い取って、へその緒を介して赤ちゃんに栄養を送り届ける。そんな役割を胎盤は果たしている。栄養変換輸送機、簡単に言えば命綱。 

普通ならば、出産と同時に胎盤は不要となるので、自然に剥がれ落ちて、体外に出る。義姉の場合、これが何故か癒着していて簡単に剥がれ落ちなかった。医師が少しずつはがす処置をして、ようやく取れたのだった。

今回の失血量は1500ml。500mlペットボトル3本分である。男性ならばこの量の出血で死んでいる、と病院で言われたそうだ。

私自身、3度の出産を経験しているが、どの出産も後から振り返ると安産と言えるかもしれないが、その時には何かしらのリスクやトラブルがあった。一昔前に生まれていたら十分に処置できずに死んでいただろうな、、、って思うと恐ろしい。事実、昔は出産で命を落とす妊産婦が今よりも断然多かったわけだし。。

出産は命がけ。改めて思った。

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不意な妊娠 その③

それは2005年9月中旬のこと。

夫の「開業する」発言から1週間程が経った頃、私の妊娠が発覚した。

3人目は、もともと産もうとは思っていた。

しかも、女の子が生まれる様に産み分けをして、時期を長男の入学3か月前に生まれる様に段取りをしようと企んでいた(私の育児休暇と小学校入学直後の不安定な時期を重ねる為)。でも、半年以上も早く、不意に妊娠してしまった。

このことを夫に告げる時、「そういえば2006年5月に開業するって言ってたよね。でも、予定日が5月なんだよ。開業はまだするつもりなの?」と聞いた。

夫:「するよ。」

私:「いつ?」

夫:「2006年5月」

私:「どうして?私は出産で手伝えないのは愚か、あなたの手伝いが必要なくらいなんだよ??」

夫:「細木数子のこの本によると、大殺界に入る前のこの時期じゃないとダメなんだ」 

構想していたとはいえ、わざわざ出産の時期と重ねて開業するか?

開業と言ったって資金もないし、ノウハウもないし、あと8か月で開店までどうやって持って行くつもりなの?

物件はすぐに見つかるの?人材もアテはあるの?

分院長を任されてまだ1年も経っていないし、普通は数年とか、分院長として経験を積んでから開業するものじゃないの?

どうしてそんなに生き急ぐの?

資金をきちんと貯めて、経験ももう少し積んで、周囲にもう少し認められてからの開業がいいんじゃないの?

開業の準備ってめちゃくちゃ大変だよ。どんなに大変でも私は一切手伝えない状態だけどそれでもいいの?

色々な質問を繰り返すも、夫は「大丈夫、やってみせる。今のオレには勢いがあるんだ。今しかないんだ。」の一点張り。微動だにとも主張が動かない。そして、「オレはこんなにやろうという気になってるのにお前はマイナス意見しか言わない。」更に、「こういうのは勢いが大切なんだ。勢いに乗ってる時に邪魔をする奴は必要ない」的な発言もあり、なんと私が責められる始末。。。 こんなのってあり??? 疑問とフラストレーションで一杯。しかも、妊婦になった私は更にヒステリックになるばかり。。

そしてまた険悪なムードになったため、この話はまた一旦打ち切りに。

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